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全市町村キャンペーン ファイナル! さいたま市大宮駅

いよいよキャンペーンのファイナル さいたま市大宮駅!
10月31日吹上公民館から始まったこのキャンペーンも思えばあっという間にファイナルを迎えました。
最後に大宮を選んだのも、この場所は昔からやりなれていたのと、ストリートライブを初めてやった場所という事もあった。

ずっと生歌生ギターでやってきたが、最後は音響と照明を使って盛大にやろうと思って早くから準備をした。
夕方4時にスタジオに集合して積み込みをした。
総勢4人で大宮駅へ向かった。
行く途中も昨日の文化放送の話しや、今までキャンペーンの話しで盛り上がった。
いざ、大宮に着いて気が付いた。
「あれ?発電器のガソリン買うの忘れた・・・!」
車はすでに機材をおろすのにいい場所に置いてしまった。
今更移動して置き場所がなくなってしまうのも困るので音響の黒澤さんが歩いてガソリンタンクを持ってスタンドへ買いに行った。
ところが何分たっても帰ってこない、約20分くらいして帰ってきた。
「いやー 遠かったー、いつも車乗ってるガソリン入れにいくから、その癖で一方通行とか守っちゃって、わざわざ遠回りしちゃったよー、帰りは歩きだって事に気が付いて、駐車場とか突っ切ってきたら、すごく近かったよー」
なんて言って大爆笑だった。

6時になって機材をおろし始めた。
さすがに2階のデッキに運ぶのは苦労した。
そしてすぐに準備をしてしまうと、警察が来てとめられてしまうので、なるべくゆっくりこっそり準備をした。

7時半を過ぎると沢山の人が集まってきてくれた。みんな「おつかれさま!」と声をかけてくれて嬉しかった。
7時40分 黒澤さんの合図で発電器のエンジンをスタート、すぐにリハーサルをした。
明かりがつくとたちまち人だかりになった。
そのまま本番へ流れ込んだ。
「ここにいるから」はこのキャンペーンでほとんどの場所で歌った歌。
1曲1曲終わるごとにこのキャンペーンも終わりかー なんて考えていた。
「出会えてよかった」この歌もぴったりの歌だ。色々な人と出会えた2ヶ月間だった。
「今日は発電器を使ってしまって、すいません」と一言あやまった。
今まで大宮でやっていた時は「生音!」を意識していたので、発電器を使っているミュージシャンがいると大夫苦労した。
「今日だけなので許してください」と言って、「聖夜」を歌った。
「ChangeMyHeart」もほとんどの街で歌った歌だ。
次々に最後のライブが終わりへ向かって進んでいった。
「なごり雪」を歌いながら思った。
このキャンペーンは雨や雪になってしまったらすべて予定がくるってしまう、でもなんと1度も雨や雪がなかったので、降った時はあったが演奏時間になるとやんでしまう。
まるで神様までも味方してくれたキャンペーンだったと思う。
「Goodちょっとパラダイス」を歌う頃はもうだいぶ暖かくなっていた。
見てくれている人には申し訳ないと思っていたのだが、実は照明がすごく近くでついているせいで、僕の位置はだいぶ暖かかったのだ。
みんな寒いのに本当に悪いなー と思いながら精一杯歌った。
警察にとめられる事もなく最後まできた。
最後に「さよならも言えなくて」を熱唱した。
90カ所すべての場所ですべて歌った歌、「さよならも言えなくて」。
思えば今年1年はこの歌で僕は存在できたような気もする。
歌うたびに数年前の実話が胸によみがえる、だからこそこの歌はいつでも、どの街で歌っても生きているのだと思う。
歌いながら今までの想い出も一緒によみがえった。

本当にこのキャンペーンは終わるのだろうか?真っ白な地図を見て不安になった深谷駅。
真っ暗な騎西玉敷神社でみんなペンライトをふってこれた事。
ラジオを聴いてきてくれた人がいた上福岡駅、桶川駅、本庄駅、寄居駅、毛呂駅、妻沼道の駅。
新潟のチャリティー募金をしていた白岡中学校の生徒さんとの出会い。
そして、番外編で行った、韓国の大学路の言葉は通じないが人の温かさ。
子供たちにさんざん邪魔された都幾川村の明覚駅。
誰もいない夜の公園にただ歌だけが響いた八潮市大原公園。
「なんだ、来るならポスターとかで宣伝しておいたのにー」って言ってくれた久喜菖蒲公園。
ミュージシャン仲間も来てくれた幸手駅。
こんなに沢山人がいるのに誰も見てくれない、そんな無念さを感じた川口駅。
NHKテレビの取材が入った、森林公園、嵐山駅、所沢駅。
沢山の人が集まった羽生駅。
「こんな暗い所でかわいそうに」と言って歌を聞いてくれた川本町鹿島古墳群のたこ焼き屋のおじさん。
クリスマスイブに大自然の山で歌った三峯山。
本当は外でやるはずが中の大広間で歌わせてくれた両神村道の駅。
誰もいないと思っていたら、大勢の人が集まって僕もびっくりしてしまった大里町大芦橋。
見ているお客さんにお茶を出してくれた川島ドライブインの女将さん。
近所の中学生を電話で呼んでくれた吉田町龍勢会館。
無人駅なのに各地から沢山の人が集まった美里町松久駅。
2軒の峠の茶やさん、みんな集まって聞いてくれた東秩父定峰峠。
車のヘッドライトで歌った、名栗村正丸峠。
そして、その集大成の大宮駅。

いくつもの想い出がよみがえった。

歌い終えて、最後1つだけ白くなったさいたま市を赤く塗りつぶすと、あちらこちらでクラッカーが鳴り響いた。

すぐにアンコールになった。
「なにをやりましょう?」と聞くと、だれかが「ヨン様!」と言った。
そして冬のソナタのテーマを歌った。
そして最後の最後は「Forever」で幕を閉じた。

最後のフレーズを歌っていると、ついに警察がやってきてしまった。
でも、歌い終わるまで待っていてくれた。
歌い終えると沢山の花束、プレゼントをいただいた。

そして僕は警察に連れていかれて、端のほうで、職務質問をうけた。
これもはじめからこうなるとわかっていたので、驚かなかった。

警察の一人が「ずいぶんギャラリーが集まってるじゃんか」と言ってくれたので
僕も笑顔で「はい!」と答えた。
そして「なんて芸名でやってるの?」と聞いてきたので
「ひらがなでさくまひできです、ラジオとかテレビもちょっとだけ出たんですよ」と言うと「すごいねー」と言ってくれた。
「まーこんなに集まってしまうと迷惑だからすぐに片づけてね」と言って去って行った。
注意を受けているにも関わらず、ちょっと嬉しかった。
もちろん人の迷惑にならないように今までやってきたので、しっかり点じブロックも空けていたので、それほど厳しくなかった。

明かりが消えると、祭りの後の寂しさだった。
「終わったんだ」と実感した。
そして同時に「これからどうしよう」という気持ちがわいてきた。
2004年は本当に色々あった。デビューしてそしてメンバーが入院、脱退。
ソロ活動をした夏。さださんの長崎のイベントに行った8月
、初の海外進出した韓国。そしてキャンペーン。

限りなく平行に近い右肩上がりを貫いてくた結果がようやく出てきた1年だった。
これも本当にお客さんに支えられているからこそです。
そのエネルギーをバネに2005年もがんばっていきます!!

改めまして「ふるさと埼玉 全市町村90カ所ライブキャンペーン」みなさんのおかげで達成する事ができました。
本当に2ヶ月間ありがとうございました。
そして、これからもどうぞ宜しくお願いします。

では、素敵な年末をお過ごしください。
よい お年を!  





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