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カウントダウン 宇都宮BIGAPPLE

いよいよ今年最後のライブになりました。
例年だったら、「今年も残すところ大晦日のカウントダウンだけだ!」って言うのが普通だが、今年は30日に「全市町村キャンペーン」のファイナルがあったので、連続していて大晦日という実感がなかった。
思えば10月31日から突っ走ってきたような今年の後半でした。
途中で韓国もあり、大宮ソニックシティーでのコンサートもあり、テレビ出演あり、ラジオ出演あり、新聞取材あり、であっというまに大晦日になってしまいました。

朝起きてびっくり!
大雪が降っていたのです。
でも大丈夫! なぜって、こんな日の為に車のタイヤをスタットレスにしておいたのです。逆に東北自動車道でそんなスタットレスの成果を実感できるという方が強かった。

いつもより2時間早く出発した。
7時の埼玉県吹上近辺は大渋滞。
チェーンがないと走れないくらい そうだなー 20センチくらいはつもっていた。
今日のカウントダウンは一人でやるので、僕一人で向かった。

東北道羽生インターまで行ってびっくり!
川口から郡山(福島県)まで全面通行止めだったのだ。
「早く出てよかった」
そうつぶやいて、国道4号線に向かった。
「うわー!」
予想はしていたが、ほとんど動かない大渋滞だった。
バイパスならすいてるだろうと思って、途中道を反れて、4号バイパスに出た。
すると思った通り順調に流れていた。

車では紅白歌合戦が流れていた。
「いつかこれにでれる日がくるのかな?」なんて素朴に思っていた。
ギター侍が出た時は、一番おもしろかった。
「せっしゃ!この1分足らずの出演の為に、10時間も待ってます! 切腹!!」の時は大爆笑だった。

11時過ぎにBIGAPPLEに到着した。
12時ちょっと前から僕のステージがはじまった。
昨年の時はカウントダウンを正確な時間を伝えたくて、携帯で時報を聞いていた。
・・・でもその時間電話が込み合って、繋がらなかった。結果、12時0分30秒をお知らせします、という事態になってしまって、カウントダウンが出来なかった。

そこで今回は色々考えて、携帯は信用できないので、ノートパソコンを使って、正確な時間を出した。
僕のステージがはじまった時は11時57分くらいだった。
これで普通に1曲やったら年を越してしまう。そう思って、短めの曲「curari」を2番まで歌った。
そして「いよいよ今年も残す所1分をきりました」
と間に合った。
そして、10秒前からカウントダウン、4,3,2,1!AHappynewyear!!

こうして2005年がはじまった。
会場も盛り上がった。

新年初の1曲目は「YUMEしかなかった」でスタートした。
2004年の波瀾万丈も夢があったからやってこれた、そして今年も夢に向かってがんばろうという気持ちを込めて歌った。

途中でオーナーの小野さんをドラムに招いて、ベースに娘さんの舞ちゃんを招いてセッションになった。
そして「出会えてよかった」「Goodちょっとパラダイス」をやった。
そして、小野さんが「水垣さんもいるよ!」と言った。
僕の前に出演していた女性ピアノ弾き語りシンガーだった。
そして、今度は彼女をステージに招いて、ピアノと歌でアドリブをやった。
するといつのまにか、宇都宮のお正月という曲になって、ボサノバのリズムに乗せて「~正月と言えば・・・」みたいな歌になってしまった。
そして、お客さん一人一人に聞いて言った。
ピアノのタイミングも絶妙ですごく楽しかった。
途中から「では~冬といえば~なべですねー 鍋の具と言えば~・・・」みたいな歌になった。これもお客さんに聞いて会場全部が音楽になった。

最後に「さよならも言えなくて」で終わった。
すぐにアンコールになってみんなで踊って「元気」をやった。
こうして2004年最後のステージ、そして2005年最初のステージが終わった。

帰りはもう完全に道が凍っていて、途中ハンドルをとられてスピンしてしまったが、幸い近くに車もなくて助かった。
たとえスタットレスタイヤでも凍った道はみなさん気をつけましょう。
吹上に着いた頃はもう初日の出を向かえていた。
雪で真っ白になった銀世界に今年初の日の出が輝いた。
その足で太田の呑龍様に初詣に行った。
寝不足の目に真っ青な青空と出店のにぎやかさがやっと「お正月」という事を実感させてくれた。

2004年は本当に色々ありました。
2月にデビューが決定して、レコーディング。
3月にデビューに向かっての準備
4月に「さよならも言えなくて」でデビュー
アコースティックコンサートをさいたま市民会館で行い
5月にデビュー曲キャンペーン
6月にソニックシティーでホーンセクションを入れたコンサート
7月に小野が入院の為ソロ活動開始
声がキキタイをリリース
8月はさだまさしさんのコンサートに飛び入りしたくて長崎へ飛んだ。
Foreverをリリース
9月にメンバー笹沢チャーリー昌之が脱退
ストローとしての活動の行き先が不安になる
10月さいたま市民会館でアコースティックコンサート
「さよならも言えなくて」をより多くの人に聞いてもらおうと西武線全線ライブキャンペーンを発案
西武の会長の問題により、企画を改正「ふるさと埼玉全市町村90カ所ライブキャンペーン」を発案。
FM79.5に生出演「さよならも言えなくて」を熱唱するもののあまりの緊張で歌詞を間違えてしまう。
31日の吹上公民館からキャンペーンスタート
11月鴻巣フラワーラジオに頻繁に出演
キャンペーンは続く
さくまの誕生日に産経新聞にキャンペーンの記事が大きく掲載
初の韓国遠征に大成功、韓国語のさよならも言えなくてもFM79.5で流れる
12月 NHKテレビに出演キャンペーンが取り上げられる
夕刊フジに記事が掲載
文化放送で生歌を披露「さよならも言えなくて」の生歌が10万人以上の人の耳に届いた瞬間だった。
大林宣彦監督作品「理由」全国公開スタート、ワンシーンに出演
大宮ソニックシティーでコンサート 
30日大宮駅で盛大に行われてキャンペーンを無事達成。あまりの集客に警察沙汰になった。
31日カウントダウンライブ 2004年の幕をとじた。

本当に色々あった年でした。
辛い事がすごく多かった年ですが、逆にお客様の声援に耳を傾ける事ができ、そして支えられていた1年でした。
2005年はどんな動きになるかちょっと不安もありますが、精一杯がんばっていきます。ただ一つ言えるのは、僕が作った歌で、誰かの心がちょっとでも安らいだり、優しくなれたら、いいなと思います。
そんな歌を残せるように今年もがんばります。

みなさんも素敵な2005年であるように!!

写真:2005年幕開けの瞬間


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