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トークストーリー劇場「揺れてるキーホルダー」(第一章)ありきたりの日常

【第一章~ありきたりな日常~】
暑かった夏の風を冷ますように、一日一日、秋に近づいていくそんな季節。
夕暮れ時、カーテンを閉めながら、一人の女性がつぶやいた。
「今日も遅いのかな?」
3年前から彼と一緒に暮らし始めた安いアパート、のどかな暮らしを夢みた彼女だったが、結局はいつも、彼の帰りを待つ淋しい暮らし。

彼女の名前は、久美子。

二人はまだ結婚をしている訳ではなく、よくある、結婚を前提に同棲しているのだった。
もちろん、共稼ぎをしている為、久美子もアルバイトをしていた。
どこでアルバイトをしているかって? 
まあ、格好良く言うつもりはないが、カメラマンみたいなものだ。
なにを撮影するのかって?
もちろん人物を撮影するカメラマンだ。

それを人に話すと、みんなJJとか、キャンキャンのモデルを撮影するプロカメラマンなんだ! と勘違いするが、
本当の所、鴻巣免許センターで、書き換えの人の証明写真のボタンを押しているだけのアルバイトだった。

「あーぁ、今日も疲れた、しかしなんで、みんな免許証の写真を撮るだけだっていうのに、あんなに、目をぱっちりしちゃってさー、ちょっとはにかんだ笑顔で撮るんだろう? 
すごい人なんて、ファンディーション塗り直してる人もいるもんね、
こないだなんて、前髪は上げてくださいって言ったら、
「私前髪はトレードマークなんです」だって、

実際にあった話で、さくまひできが来た時なんて、「僕、左斜めからの角度の方がアーティストっぽいんでそれでお願いします」
なんて言いやがって、もちろん断られたみたいだけど。」

久美子がそんな長ーい独り言をつぶやいている所へ、車の音が聞こえた。
そう彼が帰ってきたのだった。

「ただいま、今日も練習で遅くなっちゃった」

彼の名前は、ワタル。

ワタルは将来プロのミュージシャンを夢みる、歌手の玉子だった。
玉子とは言っても、まだ小さなライブハウスや駅前で演奏するのが精一杯だったが、いつも音楽の事で頭がいっぱいな程、一生懸命だった。
「また遅かったのね」
「しょうがないだろ、ライブが近いんだから」
久美子の事なんておかまいなし、と言わんばかりに、ワタルは自分の事、中心で言葉を返してくる。
「はー疲れた」
ワタルはそう言って、車の鍵を投げ捨てるように、テーブルに置いた。
「ちょっと、もっと丁寧に扱ってよね、」
久美子が怒るのも無理はない。
このキーホルダーは、二人が出会った頃に、お揃いで買った、お互いの名前入りの物だったからだ。
「もう、それ辞めようよ、みんなに言われるんだよ、久美ちゃんって誰?って、恥ずかしいよ」
まったく女心のわからないワタルの言葉に、久美子も反撃。

「だったら、最初っからお揃いにしよう、なんて言うんじゃないわよ!、だいたいワタルが言い出したんだよ、あの時、」

あまりのケンマクにワタルは思わず正座してしまった。
そして、久美子は昔を思い返し、乙女の様な顔になって話し続けた。

「はー、あの頃は優しかったなー、いつも手をつないでくれて、初めてのデートの前の夜なんて全然眠れなくて、結局10時間しか眠れなかったんだから、あー、あの頃が懐かしいなー」

『MyNameis』

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