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トークストーリー劇場「揺れてるキーホルダー」(第二章)回想

【第2章~回想~】
ここで二人が出会った頃のお話をしましょう。
初めて会った場所は、熊谷駅だった。
何故、熊谷駅かって?
二人とも、都内の大学に通う学生だったので、高崎線で帰ってくる、最寄り駅は、偶然にも二人とも、吹上駅だった。
では、何故熊谷駅で出会ったのか。

もうおわかりの方もいると思いますが、
高崎線は各駅停車しかないと思いこんでいて、つい、快速アーバンに乗ってしまったのだ。

鴻巣を出たあと、二人とも窓の景色を見て、切なく去ってゆく、北鴻巣、吹上、行田を見送ったあと、熊谷に降り立ったという訳だ。(実際に僕も経験してます、しかも熊谷を出たあと、すべて各駅になる所が悲しいですね)
「まったく、なんで吹上停まってくれないんだよ」
「もう、なんで通過しちゃうの?」
同じドアの所で同時につぶやいた。
それが二人の出会いだった。

「君も吹上なんだ、」
「ええ、あなたも?」
そんなローカルな会話が、二人の心を引き寄せ合った。

熊谷次郎ナオザネが見える喫茶店で、二人は愛を語り合った。
「そうだ、今度、地元にいい店あるから、ごちそうするよ!」
ワタルの言葉に、久美子は、かねはちさんの海鮮丼か、メイキッスのステーキ、
はたまた、クレアの横の馬車道をを想像したが、連れて行かれた所は、
フライ焼きそばの仙道だった事は言うまでもない。

つき合って行くうちに、ワタルがミュージシャンを夢みている事を知った。
そして、久美子を荒川土手に誘っては、歌を聞かせてくれた。
「今日はなにを聞かせてくれるの?」
「俺の18番だよ、」
『シクラメンのかほり』
ワタルは布施明の大ファンだった。
それ以外にも、ワタルは自分の大好きな歌を沢山聞かせてくれた。
『チャンピオン』『神田川』『よこはまたそがれ』
ワタルの趣味は、渋かった。

毎回同じ歌を聞かされるので、久美子はある日リクエストをする事にした。
「ねえねえ、リクエストしてもいい?」
「もちろんいいよ、なに?」
「えーっとねー、じゃあ、冬のソナタ」
『冬のソナタ』

ワタルは歌詞を知らなかった。
あの頃はワタルが
「いつか久美子の為に歌を作るよ」
と言ってくれた日がとても嬉しかった、
そしてワタルの夢を理解していたつもりだった。
だが、時は流れて、夢と私どっちが大切なのかな?
そんな疑問を抱きはじめていた。

「じゃあ行って来るよ、」
ワタルはこの秋から、セミプロとして、全国ツアーへと出かける事になったのだ。
ますます忙しくなり、昔のように笑顔になる機会も少なくなったが、それでも夢に向かって走って行くワタルの足でまといにはなりたくなかった。
「気を付けて行ってきてね、」
「わかってるよ、」
「そうだ、ちゃんとキーホルダー付けてる?あれ、お守りなんだからね」
「あるよ、ここに!」
ワタルは右手でそれをぶら下げて見せた。

走り去る車を見送って、久美子はちょっと笑ってつぶやいた。
「まったく、夢しかないんだから」

『YUMEしかなかった』

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