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志木ららぽーと  

朝起きた時のテレビのニュースでは台風がきているという実況中継をやっていた。
慌ててカーテンを開けるとお日様が出ていて「よかった」とホッとした。
さて、朝8時45分には志木のららぽーとに到着した。
そして機材をおろして、舞台を作って、リハーサルをしている所まではよかった。
突然、雲行きが怪しくなって、雨が降り出した。
慌ててブルーシートをギターや機材にかけて、なんとかしのげた。
そしてすぐにまた青空が広がった。
本番の2時に降らなければいいな?
そう思いながら、楽屋へと入った。
楽屋が地下にあるため外の天気はわからない。
さて、2時ちょっと前になって上にあがると、太陽が燦々と輝いていた。
「よかったあれから降ってないんだ」
そう思って、舞台裏でスタッフの金井に「雨降らなくてよかったね」と言うと
「なに言ってるんだよー もう5回もブルーシートかけたり取ったり、大変だったんだよ」と言った。
知らない間に雨が降ったりやんだりしていたのだ。
これには申し訳なかった。
そしてなんとか青空の中ステージが始まった。
久しぶりにcurariを歌った。
そして「足でまとい」この歌はいつになってもハーモニカがうまくならない(笑)
でも歌っていてすごく気持ちのいい歌だ。
そして涙そうそう、最後は「さよならも言えなくて」「ChangeMyHeart」で終わった。
途中で日がすごく照ってきて、お客さんが眩しそうに見ているのを見るとこれまた「申し訳ない」と思ってしまった。
2回目は日射しに負けないように、そして僕は木陰で歌っているので、お客さんの暑さがわからない、その2つの理由から長袖の赤いチェックの服で挑んだ。
楽屋でなにを歌おうか考えていて、そうだ!ソロと言えばこの曲だ!
「愛を感じたい」(ソロインディーズデビュー曲97年発売)を歌った。
これは1年かけて全国の有線をまわったという僕にとってすっごい想い出であり、過酷だった日々を思い出す曲だ。稚内で聴いた事もある、岩手の花巻では商店街で流れていた。石垣島でキャンペーン達成の時に聴いた。本当に色々な想い出がある、そして同時に全国のやさしさにふれた歌だった。
歌っていても本当にごく自然に唇から歌がでる曲だ。
本当に作ってきた楽曲はすべて財産だと感じた。
8月に出す3曲入りCDの中から「元気でいますか」という曲もやってみた。
「蝉の声を追いかけてた夏の日~」と始まるこの歌はきっと歌える季節は夏しかない・・・。
後半では花束をいただいたり、客席に降りて歌って、間奏を奏でる楽器を持っていなくて、口笛でやってみたりした。

いい天気の中2回目も終えて、「通りがかったんですが、すごく良かったのでCD買います」という声、「いつもがんばってるね」という声。嬉しくなった。

帰りの車で浴衣姿の人を沢山見かけた、スタッフと「今日はなにかお祭りでもあるのかな?」なんて話していた。
そこへ懐かしい友人(那須のペンションダイアナを経営している、是非お出かけください)から電話があった。小野と僕と彼は同じ高校だったので「小野は大丈夫」という心配の電話だった。そしてなんと志木のららぽーとにいたのだと言う。
「えーどこで見てたの?」と聴くと「今日なんかやってたの、エスカレーターでポスターは見たけど・・・」と言った。
「今日だよ!今日やってたんだよ」という話しになって、とんだ行き違いだった。
そしてまた那須にお風呂入りにきなよ!なんて言われて電話を切った。

そして金井が「パソコンが欲しいんだけど、だれか中古の売ってくれないかな?」と言ったので、○○(中学の友人、金井も同じ中学)に聴いてみればいいじゃん、いま本業になってるから。その彼も中学の頃からパソコン熱心で当時はだれも持っていない時代なのに沢山持っていて勉強していた。

今度は僕は「8月に出すCD、生ドラムだけど、またミックスダウン(最後の音のバランス調整、ここで音の良い悪いが決まると言っても過言ではない)で悩むんだ」
という話しになって、今までCDはすべて僕がミックスダウンしている、その度にすっごく煮詰まる、1曲で3日まるまるかける時もある程だ。でも最近は色々アドバイスしてくれる人がいる。同じ年で横浜のとあるレコーディングスタジオで仕事をしている人だ。
彼も小野と僕の共通の友人で、かつては「エンジニアになりたいなー」といつも勉強していまではプロになった人だ、ちょっと前は牧原さんのレコーディングをしていたそうだ。その彼に電話をするといつも色々教えてくれる。そうそう「さよならも言えなくて」は彼は録ってくれたんだった。

スタッフの金井と話したのは、僕らの周りには本当にそれぞれのプロがいるね。という事だった。
しかもみんな同じ年で昭和46年生まれ。そしてみんな昔から一つの事に一生懸命だった。なかなか連絡は取らないものの、たまに電話すれば確実に上に向かっている所がまたすごい。
以前、大林宣彦監が言っていた台詞を思い出した。
「人間が一生の時間で、できる事は一つだけなのかもしれないね」
ふと自分の人生を振り返った。
小学校の時にギターを弾いて、中学でバンドを組んで曲を作って・・・・
ずっとやってるんだなーと思った。
金井もかつては僕と一緒にバンドをやっていたメンバーだった(当時はすごく細くてね)だから僕の事はずっと見ているのだ。
「本当、音楽しかとりえないなー」
そう僕がつぶやくと、金井がこう言った。
「さくまから音楽を取ったら、なんにもないよ」
そう言って二人で笑った。

本物になるのにどれだけ時間を使えばいいかわからない、もしかしたら極める事は出来ないものなのかもしれない、だったら、そこに向かう道をすべて見せていこう。
そんなステージを、いつでも成長するステージをこれからもやって行こう。
そう心に決めた。

なんだかまたまた長くなってすいません・・・・。

しかし帰りの空は、黄金色で綺麗だったなー。


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