(パーソナリティの稲田茂さんと) 初めて出演させていただきました、エフエム山陰さんです。 今日もまた車で一気に松江に行きました。 大阪まではすっかり近く感じるのですが、岡山県に入ってからが結構ありますね。 来週ライブをやる津山を通って、米子道へ 真庭郡、久世っていう場所があるのですが、ここが ドラムの山地くんのふるさとです。 以前ストローの時に、久世エスパスホールっていう場所でコンサートを開いていただいた事があります。 この時は山ちゃんのお母さんとお父さんがチケットを必死に売ってくださって 本当に頭が下がります。 いつか自分たちの力でホールをいっぱいにして、恩返しをしたいと思っていたのですが、そのコンサートから3年後に天国へ旅立ってしまいました。 そしてお父さんも2010年のはじめに旅立ったようです。 その話を聞いたのは4月のクレアこうのすのコンサートが終わったあとでした。 「家族愛よ全国へ届け」のリハーサルがあったころで、何度も岡山に帰っていたようです 僕に迷惑がかからないように、その事は僕に言わなかったのです。 それなのに「お父さんは元気?」って聞いてしまった事があります 「元気です」って今思えば、悲しげな顔で言ったのを思い出します。 そのコンサートのメイン曲は「隣の芝生は青く見えなかった」です。 ですので、LIVE2010の時のあの曲はまさに、沢山の思い出がひとつになっていたのだと思います。 いつか恩返しって思っていた自分も結局出来ないままで、情けないです。 でも、その気持ちは今の僕の心にいつでもあります。 そして、なにか不安なときや、つらいときに、あの時、必死でチケットを売ってくださったお二人の想いが、「よし!負けるもんか」って僕を立ち上がらせてくれるのは事実です。 でも、いつか久世エスパスホールでまたコンサートやりたいです。 熱い思いをまた胸に、久世をとおりすぎて、大山(だいせん)を見て、いよいよ松江に到着。 宍道湖を見ると、すごく気持ちが落ち着きます。 そして、FM山陰さんに向かう途中に、ものすごい嵐。 ひょうまで降ってきました。 すぐにやんだので、よかったです。 局に入ると、担当の稲田さんとお会いしました。 今回の番組も稲田さんとトークします。 音のチェックをして、時間になるのを待って いよいよ16時30分から登場。 待っている間にいつも、手帳を開いて、そこに書いてある全国各地の出来やエピソードをチェックします。2000年からのねたがびっしり書いてあります。 時間になってスタジオへ 楽しくてべらべらしゃべって、根本要さんの話でも盛り上がり、やがて、ゼリーフライの話、そしてフライの話。 こんなに埼玉ネタをしゃべってていいのかな?って感じでした。 お便りも沢山いただいていて、本当にありがとうございました。 「さくまさん、埼玉から沢山お便りきてますが、ちゃんと松江に着きましたか?とかちゃんとトークできますか?とか、まるで保護者のような方々ですね~」って言われて 大爆笑でした。 でもありがたいです。 生歌で「命~2011からのメッセージ」を歌いました。 今回の楽しかったトークは僕が言ったのですが 「最初に松江に来たのは、有線放送をまわったとき、1997年、その時に季節はずれの雪が降って、松江は神秘的な場所だなって思ったのですが、今回もいきなりひょうが降ってきて、やっぱり神秘的ですね~」です。 でも神秘ではなく、本当に神が宿る出雲ですからね。 出演を終えて、今日は山口県に向けて途中まで移動しようと思って走りだしたのですが、 今日は松江の駅で山本恭司さんが出演するイベントがあると情報を仕入れてさっそく駅へ 駅の構内はテレビ局の方や新聞記者の方がにぎわっていました。 まさか松江で恭司さんに再会できるなんて! 客席に座ってオレンジの神で・・・あっ 髪で見ていました。 恭司さんも松江が出身というのは、越谷アビーロードのマスターに聞いていたのですが、今回のイベントは松江のアーティストさんが4人出演するイベントでした。 ライブ中にも何度か目が合ったような感じでしたが 終わってから、そででご挨拶させていただいたときに 「やっぱりだよね~!ステージから見ていて、そうだよな~?ってずっと思っていたんだよ」っておしゃってました。 そして続けて「松江でキャンペーンなの?」と言うので 「そうなんですよ、今日はエフエム山陰さんに出てたんです」といいました。 でも、ちゃんと覚えていてくださって本当にうれしかったです。 「また全国のどこかで会いましょう」って笑顔で言ってくださいました。 3月の越谷市民会館でご一緒して以来、すっかりエレキギターを弾くようになった僕ですからね~ 本当にすばらしい方です。 そして、松江を後にして、一路浜田市へ 浜田まで行っていれば、浜田道で山口にはすぐにいけるので、そこまで移動したのですが、 なんせ高速が通っていない場所です。 国道9号をひたすら走るのですが、1997年の有線キャンペーンの時に走った記憶がある景色が沢山出てきて、すごく懐かしかったです。 あのころは高速がない場所、いっぱいありましたからね。 山形も、秋田も、圏央道もね でも、した道はした道のよさが本当にありますね。 寝不足でしたが、すごく充実した一日でした。 (松江駅で再会、山本恭司さんと)