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トークストーリー劇場「揺れてるキーホルダー」(第四章)約束

【第4章~約束~】
眠れない夜が、ゆっくりと明けて行った。
夕べ何度も何度も、先生や看護婦が、走り回ってくれたのだが、
ワタルはもう帰ってはこなかった。

久美子も涙がかれる程、泣いたせいで、抜け殻のように、ただ、ベットに横たわるワタルの姿を見続けていた。

「ワタル、もう話しも出来ないんだね、
もう、歌を聞く事も出来ないんだね、
もう、ケンカする事も出来ないんだね・・・」

誰もいない、朝焼けの病室で一人ごとを、か弱い声でただ、つぶやく事しか出来なかった。

久美子の頭の中には、楽しかった日々の想い出が、いくつもいくつも浮かんでいた。
遊園地に行った事、花火大会に行って、迷子になって怒られた事、やっとたまったお金で、旅行に行った事、
「そうだ、あの時撮った写真、まだ現像出してなかったんだ、
ワタル見たがってたよね・・」
思い出したかのように、バックから使い捨てカメラを取り出してはみたものの、
もう、一緒に見る相手がいない事に気が付き、
また久美子の瞳から涙があふれだした。

そして、悔しさのあまり、そのカメラを思い切り床にたたき付けた。
「写真の中のワタルが笑っていても、今ここにいないんじゃ意味ないよ!」
久美子はワタルの眠るベッドに抱きついた。

そして、バックに付けていた、自分のキーホルダーと、ワタルが握りしめているキーホルダーを見つめた。

今まで、ずっと気が付かなかったが、はじの方に、ギザギザがある事に気が付いた。
「なんだろうこれ?」
そう思って、自分のキーホルダーをワタルのキーホルダーに合わせてみた。
するとピッタリはまるようになっていたのだ。

が、しかし、ワタルがこの世にいなくなった、今さら気が付いてしまった事が、
余計、久美子を切なくさせた。

「ワタル、これピッタリくっつくようになってるんだよ、」
久美子は涙ながらに、その二つのキーホルダーを合わせてみた。

その瞬間、人のぬくもりに似た、暖かいものが、久美子の手に伝わってくるのがわかった。
「な、なに、これ」
まるで、ワタルが生きているかのような、そんな安心感を覚えた。

でも、それもつかの間。
ベットに横たわるワタルの姿を見て、
現実という悲しみがまた、久美子の心を涙に変えて行った。

それからどれくらいの時間が過ぎただろう。
久美子は耳元に聞こえる、わずかな声に目を覚ました。

「そんなに、泣くなよ、」

聞こえるはずのないワタルの声に久美子はハッとした。

「夢、か」
そうつぶやいて、また久美子はうなだれた。

「そんなに、泣くなっていうの」

それは、夢なんかじゃなく、紛れもない、ワタルの声だった。

「ワタル!」
「いててて、そんなに大声出すなよ、体がひりひりするよ」

ベットからはい上がろうとする、ワタルを慌てて久美子は止めた

「だめだめ、一回死んでるんだから、おとなしくしてないと」

「一回死んでる? 俺ちゃんと生きてるよ」

慌てて駆けつけた、先生や仲間も、みんな「奇跡だ!」とつぶやいて驚いた。

久美子は気が付いた。
このお守りは、ちゃんと守ってくれていたんだ、
ワタルの命も、そして、・・この二人の愛も。

それから、3ヶ月。
ワタルは無事に退院した。

「今日も帰りは遅いよ」
「わかってる、気を付けてね、」
そんな会話が出来る日々がまた戻ってきた。
以前と違うのは、お互いを大切に思う気持ちだった。

そして、ある夜、ワタルは自分のコンサートに久美子を招待した。
「恥ずかしいからいいよ」
と照れる久美子をなんとか、説得して見に来てくれる事になった。

しばらくステージに上がったワタルを見ていなかった久美子は、1曲、2曲進むに連れて、胸が熱くなっていった。

「こんなにがんばってたんだ」
そうつぶやいていた。

そして、アンコールの最後の曲。
ワタルは突然、真剣に話しはじめた。

「次に歌う曲は、僕の愛する人に捧げます、ずっと前から、
僕の事を応援してくれていて、彼女がいなかったら、
ここまでこれなかったと思います。
ずっと前から約束していたんです、
彼女の為に歌を作るって、
そして、今、一番大切な事が、わかりました。
それは、大げさな事は出来ないけれど、
一緒にいるという事、
いつでもそばにいるという事の大切さです」

久美子は驚いたのと、嬉しかったので、涙があふれてきた。
ワタルは久美子の方を見つめると、そっと笑顔になって、
うなずいた。
ゆっくりと流れ出す、美しいメロディーの中、久美子はバックから、手探りで、あるものを取り出した。

それは、二人で行った旅行の写真。

写真の中の笑顔が、今もここにある、そして、ここにいる。
その事が、どれだけ大切な事か、胸が熱くなる程わかってきた。

歌いながら笑顔を見せてくれるワタルに応えるように、
久美子も涙を拭いて、笑顔を見せた。

・・・・・

久美子のバックの横で・・・、
そしてワタルのポケットの横で・・・、

なにごともなかったかのように、
お揃いのキーホルダーが静かに揺れたいた。

『ここにいるから』

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